ビジュアル・アーツ学科卒業プロジェクト作品展にご来場くださった方々、誠にありがとうございました。
展覧会初日、森美術館キュレーター近藤健一氏による講評会が行われました。近藤氏よりいただいた総評を、講評会の写真とともに掲載いたします。
玉川大学芸術学部ビジュアル・アーツ学科卒業制作展を拝見して
森美術館キュレーター 近藤健一
このたび、玉川大学芸術学部ビジュアル・アーツ学科の卒業制作展で講評をさせていただきました。会場では多くの学生さんと話すことができ、そこから、みなさんが自分のテーマをきちんと見つけ、制作に臨んでいる姿勢を感じることができ、非常に好感が持てました。中には、芸術とはなにか、美術とデザインの違いはなにか、等、真面目に考えている人もいて、いい意味で少し驚きました。なぜなら、大学院の学生さんでも、そういうことを全く考えていない人は考えていないからです。
また、私の専門が現代美術であるため、それ以外の分野の作品について専門的な講評ができなかったケースがあったことも、この場をお借りしてお詫びしたいと思います。しかしながら、テキスタイル・デザインを学びながら生まれた作品でも一見するとそれと分からないものや、空間デザインを専攻しながら現代美術的なアプローチで制作された作品などもあり、興味深かったです。これは、1つには、美術やデザインといったジャンルの境界が曖昧になっている現代の視覚芸術の実態を反映したものと解釈できるでしょう。もう1つは、専攻の種類に捕われない先生方の指導があったのではないかと想像されます。であれば、学生さんの意思が尊重されていて素晴らしいと思いました。
その一方で、気になった点もいくつかありました。まず、主題を選んだ理由に、それが好きだから、という答えが非常に多かったことです。また、作ることが好きだから作っている、という制作理由も頻繁に聞こえてきました。作品を人に見せる際には、その主題が、なぜ、どのように好きなのか、また、それを制作に取り入れる必然性はなんなのか、という、「好き」以上の説明やコンセプトが欲しいところです。「思い出」や「自分」という主題を選んでいる人も多かったですが、「あなた」を知らない観者がどのくらい「あなた」の作品に共鳴できるのか、ということも考える必要があるでしょう。要は鑑賞者の存在も意識してほしい、ということです。
また、作品のタイトルに言葉遊びや洒落が用いられている例が多いことも、印象に残りました。これは、作品を見てもらうためのきっかけ作りとしてはいいのですが、作品のコンセプトと関連性がないと、ただの悪ふざけに見えてしまいます。逆に、直球勝負のタイトルも目につきました。自分が制作したばかりの作品を客観的に見るのは難しいかもしれませんが、タイトルは作品の重要な要素ですので、もう少し慎重に考えるべきです。それから、コンセプト・ドローイングが雑にパネルに貼られているケースも見受けられました。これらは作品と一緒に展示するのですから作品と同等に扱うべきです。展示は最後まで手を抜かないで仕上げてほしいものです。
さて、ここでいくつか、個人的に興味を持った作品に言及したいと思います。倉科周平さんの《アートな住空間》は、「アートな」という語彙がやや軽薄な語感を残してしまうのが残念ですが、現代美術のプロジェクトとして発展できる潜在力を感じました。稲子浩之さんの《笑顔のちから》は、笑顔といつつも不気味でもあり、また、震災後に無理して笑っていた私たち自身のようでもあり、「笑顔」というものの持つ多面性について考えさせられました。佐藤晃与さんの《木嬉々-kikiki-》は、既視感は否めないものの、実用品と美術の境界線について考えさせる力がある作品でした。そして、完成度が高く、思わず手にとってみたくなる魅力を持っていました。
最後に一言加えるとすれば、卒業後、制作を続ける予定の人が少ないことを寂しく思いました。私自身も大学時代は歴史学科に属しつつも歴史家になるつもりもありませんでしたから、みなさんに必ずアート業界に進め、とは言いません。サラリーマンになっても、芸術を学んだことで活かせることはたくさんありますし。しかし、今回、荒削りな中にもキラリと光る何かがあるように見えた作品がいくつかあり、そういう学生さんたちが制作をやめてしまうのはもったいない気がしました。仮に、4月からは制作を休むとしても、本当に制作が自分に必要なことであれば、いつかまた制作を再開してほしいと思います。なぜなら、芸術は、それを通して社会や人間、物事の真実について私たちに考察を促し、心を豊かにしてくれるもの、つまり一生付き合っていく価値があるものだからです。
近藤健一(森美術館キュレーター)
1969年生まれ。1999年ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ美術史修士課程修了。2003年より森美術館に勤務。「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」(2008)、「六本木クロッシング2010展」(2010)、「アラブ・エクスプレス展」(2012)を共同企画、「MAMプロジェクト018:山城知佳子」展(2012)を企画。そのほか、2010年には、ローマの非営利ギャラリー、サラ・ウノで若手日本人のビデオアート展を企画。